森の音〜日綴のBlog

フライフィッシング、キャンプ、トレッキング、描画、自然観察…など趣味は多方行に拡がって。 人生一度きり…いろいろ体験したい。 生まれてきたことの意味は、生きることによってしか解き明かされないので…

知床の渓〜イワウベツ川

昨年の夏、知床に旅をして地の涯というホテルに泊まった。

その翌朝朝食のイクラ食べ放題に気をよくして、羅臼に向かって出発した。

その途中釣り人なら竿を出したくなる景色に出くわした。

この夏に羅臼岳でクマに襲われた方がいらっしゃったが、その下の川の景色。

辺りにはクマに注意の看板が立っていたので、車からおりて恐る恐る写真を撮った。

その時の風景を描いた。

 

油彩

F10号

「知床の渓〜イワウベツ川」

小出楢重展

11月3日は文化の日

というわけではないけれど…

大阪中之島美術館に小出楢重展を観に行きました。

繊細で重厚な筆遣いはとても勉強になりました。

肉眼的な裸婦も素晴らしいですが、何げない風景の描写にもこだわりを感じました。

 

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絨毯の描写がすごい…

 

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人物の表情が豊か…

 

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静物画も迫力がある…

 

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まるで一筆描きのようは陰影の描写に感心…

 

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最後の作品となった鉄塔のある風景。

電線に座る人影が不気味です。

 

人もそれほど多くなく、じっくり鑑賞出来ました。

釧路〜幣舞橋の夕景

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「釧路〜幣舞(ヌサマイ)橋の夕景」
油彩
F10号
昨年訪れた釧路の風景を描きました。

幣舞の名前はアイヌ語の「ヌサ・オ・マイ」(nusa-o-mai 幣場の・ある・ところ)が由来とされている。(wikipediaより)

#油絵
#油絵好きな人と繋がりたい 
#北海道の絵 
#北海道の風景 
#釧路の絵
#釧路の風景
#幣舞橋
#夕焼けの空

ヤマセミとカワセミ


最近の私のトレンドは油絵。
高校のときに美術の授業で少しだけ描いただけで、油とは仲良くなれなかった。
でも、描いて見たい気持ちはずーっとあって、絵画教室に通った動機もそれが半分くらいあった。
私「油絵の描きかたが全く分かりません」
先生「四の五の言わずにまず10枚描いてみ
ということで4枚描いた。
最初の2枚は酷かった。
でも、少しずつ油と仲良くなってきた。
ちょっとだけ、色の置き方や、重ね塗りすることによって深みが出ることが分かってきた。
面白い。
まだまだ初心者。自分の思うように描けない。
でももう自分を表現出きる手段かも…なんて思っている。
絵を描くこと。やっぱり一番好きかもしれない

水彩画「ヤマメ」


水彩画の「ヤマメ」完成。
こういうパターンで今後も描いていこう。
水面の光の反射と、水面下の深い色合いとの対比。
難しいけど、挑戦するに値する。
釣りも行って題材を撮影してこなくちゃ!

水彩画「イワナ」




水彩画でイワナを描きました。
釣りに行けていない、鬱憤を絵で晴らそうと…
というわけでもありませんが、
愛を込めて描いてみました。
写真で見てたら、ちょっと手直ししたいところが、出てきました。
あとはWoodSoundのネームを入れないと…


幸福なラザロ


恐らく今年ナンバー1の映画を観た。
「幸福なラザロ」。

普通、映画はラストシーンで泣かされるものだ。
自分の気持ちが弱っていたのかもしれないが、
途中からしゃくりあげて泣いてしまった。

それがなぜなのか自分でもわからなかった。
前半はフェリーニの「道」や
タヴィアーニ兄弟の「カオスシチリア物語」に
描かれるようなイタリアの農村の風景。

そして一転して現代のユーロ圏にあるイタリアの貧困社会。

そのどちらにおいても搾取する側と搾取される貧困層は変わらない。

社会の底辺で生きる人々はなかなか浮上できない。
それどころかかつて侯爵だった人々の没落。

それに対して搾取する側に回る銀行。
今の私たちにとっては当たり前の風景だが、
ちょっと立ち止まって考えてみたら…

土地の所有とはどういうことか?
かつては狼たちが生きていた土地を
自分のものにしたのは一体誰だったのだろう?
そして、その所有された土地で働く人々。
一口に搾取と言ってしまえばそれまでだが、
実は自由になれない彼らはある意味それが
幸福な生き方だったのではないか。

ラザロの視点は常に変わらない。
自分が仕える人は一緒だし、その人のために一生懸命働く。
食べ物を貰えなくても、
コーヒーを飲んで貰えなくても、
熱を出して崖から落ちても、
その一途な気持ちは変わらない。

我々はそこに従順さというよりも畏敬の念さえ感じる。
ここまで、人を信じていいのか?
ここまで従順に人に仕えていいいのか?

最初に感じたこの違和感が次第にこれはひょっとしたら
私たちが本来生まれた時に持っていた感情ではないのかという同感に変わる。

ここからだ。私が泣いてしまったのは…
遠い昔に忘れて亡くしてしまった感情がここにはある。
幼いころ、可哀そうなことは可哀そうと思った。
感動したことには感動した。
生きて行くにつれ、 どこかでひねくれてちょっと人と違う感情を持ったり、
人を傷つけることで自分の存在感を示したりした。

教会のパイプオルガンの音がラザロについていくシーン。
ここに、ものすごいカタルシスを感じる。

そして最後の狼のシーンに本当の自由を感じた。

人間は自由でなければならない。
しかし、自由が幸福であるとは限らない。

ラザロは我々の現身であり我々自身が幸福かどうかということ。
それはおそらく否だ。

私の永遠のテーマ「自由とは何か」にひとつヒントを与えてくれた。

この映画は今年のベストならず生涯のベストに入るかもしれない。

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