森の音〜日綴のBlog

フライフィッシング、キャンプ、トレッキング、描画、自然観察…など趣味は多方行に拡がって。 人生一度きり…いろいろ体験したい。 生まれてきたことの意味は、生きることによってしか解き明かされないので…

フライフィッシングと映画の疎遠なる関係


先日観た映画の「バイス」にはフライフィッシングの
画像が結構出てきた。

主役のディック・チェイニー副大統領が、
ワイオミング州の出身で川でフライをしている映像が度々映し出された。

決して上手なキャスティングではなかったが、
それなりの雰囲気が出ていた。

そしてエンドロールのバックに映し出されたのは、
爆弾なんかを模したありえないほど醜悪なフライパターンの数々。
これで一体何が釣れるのだろう?

この映画は釣り好きの人が創ったに違いないと思っていたらやっぱり…
制作の一人にブラッド・ピットの名前があった。

ブラッド・ピットと言えば、言うまでもく
「リバー・ランズ・スルー・イット」。

私たちの世代のミーハー
(最近の若者にこの言葉を言ったら
通じなかった。ご注意あれ。ご同輩…)な
誰もがこの映画に憧れてフライを始めたと言って過言でない。

観終わって直後は
あぁ、フライフィッシングが出てきてるし面白かったなぁという感想しかなかったが
2~3日経ってこの映画のフライフィッシングとの関係について考えてみた。

釣りをご存知ない方もいらっしゃるかと思うので、
少し込み入った説明になるがお許しいただきたい。

フライとは本来水性昆虫を模した毛針のことで魚が普段食べているものや、
バッタやセミなどの昆虫、そして小魚、時にはカエルなんかを模したのを
いかに自然に流して釣るかという釣りである。
魚の好奇心を誘って釣るルアーとは少し違う。

つまり人と魚の化かし合い。
魚の立場に人が立ってみれば、
毎朝食べているハムチーズトーストの中に
誰が仕込んだか針が隠されていて、
普段通りに食べてしまったら釣られちゃいましたというようなこと。

あるいは仕事帰りにソース二度漬けお断りの串カツの良い匂いに誘われて、
ついついちょっと立ち飲みしていたら串が釣り針に変わっていて、
アイタタって感じで釣られちゃいましたというようなこと。



こういう意味を考えるとこの映画でフライは何を意味しているかというと、
フェイクな情報を垂れ流して、イラク戦争に持ち込んでいった
チェイニー副大統領が大量破壊兵器などのフライで、
アメリカ国民を日常的に騙して釣り上げましたという図式が浮かび上がる。

なんとなくこの文章を書いていてそうだそうだと悦に入りながら
もう少し言うと、チェイニーは何度も心臓発作を起こして病院に運び込まれ、
心臓の手術をして生き延びた。

心臓を模したフライパターンも出てくるが、
さしずめこれは心臓手術によって瀕死の淵から生還したことによって
人々の哀れみの関心を買ったことの象徴なのか。

考えれば考えるほどフライとこの映画の関係はなかなか興味深いものとなってくる。

ワイオミングといえばモンタナの南にある州。
モンタナと言えば「リバー・ランズ・スルー・イット」。
そして監督のロバート・レッドフォードは民主党支持者と連想は巡りめぐって…。

フライが出てくる映画としては、もう一本。
「砂漠でサーモンフィッシング」というユアン・マクレガー主演の映画があった。
アラブの大富豪が「イエメンでサケを釣りたい」という
ワガママに応えるために奔走する人たちを描いたコメディなドラマだった。

他には…思いつかないなぁ

あまり題材になることはないフライ・フィッシングと映画の関係。

他にこんな映画にフライ・フィッシングが登場しますよというのがあれば
お教えいただきたい。
ぜひとも観たいと思います…

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初夏のような…初釣り


今年、初めての釣りをしてきた。

新緑がとても美しくて、良い時期なのだが、
まるで初夏のような暑さ。

幸い可愛らしいイワナが顔を見せてくれた。
ノーシャッターサイズのチビアマゴも…

釣りはやっぱり楽しいな。









年券買ったので、ちょっと通わないと…
フライも巻かないと…

殺生

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以前、魚をリリースすることについてこんな記事を書いた。

昨日、釣った魚は完璧にフライを飲み込んでいて、
針を取る際に、出血させてしまった。
このまま、リリースしてもこの魚は生きていけないだろうなと思い、
ランディングネットに収めたままキープさせてもらった。

実は、キープしたのは2尾目である。
一尾目はフライを初めて最初の一匹。
管理釣り場での魚だったが、
初めて釣った魚なので最初で最後と思って食べた。

今回、塩焼きにして食したその魚は臭みもなく、
タンパク質の極めといっていいくらい美味であった。



動物の最も本能的な意義は子孫を残すことである。
フライではリリースする人が多い。
それはその魚が生き延びることによって、
子孫を残してくれることを期待していることが一番ではないかと思う。

しかし、リリースした魚がそのままちゃんと生きていけるのだろうか?

何しろ口に大きな針が刺さった魚である。

この魚が生き延びる確率については諸説あるが、
少なくとも私が釣ったアマゴは水の中で支えてやっても、
自分で泳いでいこうとしなかった。

ランディングネットで窒息で絶命する刹那、
最期の暴れをしたがそれきりだった。

まだ15時半くらいだったが、今日はそれでいいと思った。
キャンプをした後だったのでクーラーボックスに入れて、
途中の店で氷を買って入れた。

しかし、その手には何か罪悪感が・・・

初めての川でポイントもわからないまま、
魚を釣るのはとても難しい。

実は岡山から鳥取に行ったり、また広島に行ったりと、
走行距離は二日間で700キロを超えた。

そんな思いをしてして釣った一匹。
夏場だからそれほど魚の多い渓ではなかった。
ちょっとしたポイントでつつくのがいるが小さい。

ちょろちょろとした流れの堰堤の下で、
ここでいなければもうお手上げというポイント。
姿勢を低くしてポイントに近づく。
上はボサっているのでサイドキャストしか無理。
それも後ろにはラインが伸ばせず、ロールキャストもどきのキャスト。
瞬間全てを忘れて、自然の一部となり、
自分が魚ならどこにどう潜んでいるだろうという感覚。

ここにいるという流れの少し上にアプローチ。
思い通りの場所で出た。
かかったけど岩の下に潜られてなかなか上がってこない。

バレないようにテンションをかけながら、上流に歩いて角度を変えて、
魚をひっぱり出そうとする。

しばらくやり取りしてネットに収まったのは20センチほどのアマゴだった。
美しい。
でも思いのほか深くフライを吸い込んでいてリリーサーを使うけれども、
なかなか取れなかった。
それだけ本物だと思って私の偽物を食べてくれたんだ。
疑似餌の釣りとしては完璧なのではないかと思う。
針を外したら血が滲む。
リリースしてもこれは生きていけないなぁ。
であれば成仏させるためにキープしよう。

そう思うまで結構な時間がたっていたのだと思う。
こんな思いをしてまで釣った魚をリリースする必要があるのか。

その時思ったのはリリースすることによって
贖罪しているのではないか?

朝ごはんや晩ご飯だと思って食べた水性昆虫が偽物で、
しかも針がついていて釣られて、写真を撮られてリリースされた。

このダメージは魚にとっていかがなものだろう?

リリースして元気に下の流れに戻っていったというのは、
フライフィッシャーのただの自己満足ではないのか・・・

ここまで書いても私には結論が出ない。
前に読んだ「食う寝る坐る」という本では、
出家した際に変わったことは殺生について考えた時に、
自分の血を吸っている蚊を叩くときに一瞬躊躇するようになったとあった。

そこまでの達観はできないが、
人間の生命は動物を殺した上に成り立っている。

もうそろそろ結論の出せないこの話題についてはやめよう。

生きるということはそれぞれの生命にとって究極的に大切で、
それを他のものに犯されることはあってはならない。

原理主義的と言われるかもしれないがも
こんなことを考えさせられるフライフィッシングという釣りは、
やっぱり奥が深い。

そんなことを悩むから、
もういいからやめたいとならないし、
こうして釣れるまでにものすごい努力があった。
本当につれなくって、もういいかなと思った時に
こうして少しだけ釣れる。

だからなかなかやめられない。
反省や後悔を常にしながら釣りをしている。
それは人生そのものではないか?

久々のフライタイイング



本当に久し振りにタイイング。
決して嫌いではない。
はじめたら頑張って15本ほど。
ブラックパラシュートと
エルクヘアカディスという、
定番中の定番パターン。
スカスカだったフライボックスが、
少しだが埋まった。
あとはアントパターンと
テレストリアルパターンを、
巻きたいところだが、
老眼の目に辛い。
明日、キャンプの用意をしてみて
時間があったらにしよう。

やっぱり釣りに行こうという
明確な目標がないと
なかなか巻けない。

はてさて釣れてくれるかな?

開幕!

年度末で仕事が忙しい。
量的にはそれほどではないが複雑に問題が鬱積していて、頭の中が破裂しそうだ。

ということで疲れてはいるが精神的にリセットしたいと思って、今年初の出撃。
ゆっくりと起きて、支度して高速に乗る。

いいお天気だ。
今日のBGMはユーミン。
SDカードに入っている曲をランダムで流しながら・・・。
春っぽい曲以外はスキップ。

途中釣具屋で年券を購入したり、コンビニでパンや飲み物を仕入れていたら、
川べりについたのが結局11時。



昨年の9月にウエイダーを脱いだ場所でウエイダーを履く。
儀式っぽく象徴的に今回はそうしてみた。

アポリネールではないが、
月日は流れ、わたしは残る。

まぁいい。ゆっくり行こう。

でも今年は雪が多いのか、
雪代の白濁した川は轟轟とした様相。

とてもじゃないが遡行できない。
ほとんど竿を出せずに、川を転々と見ながら狭い山道をドライブ。

遅めの昼食をとったら眠くなってきた。
道の駅で30分ほど仮眠。

時間は15時。
比較水量の少ない里川の下流域。



流れ込みがブロック塀にあたるポイントでライズがあったような気がした。

数投目で飛沫が上がって、ヒット。
小さいけれど綺麗なヤマメ。

今年初のサカナはいつでも嬉しい。





その後、3つほどバラしてしまった。
一匹はそこそこのサイズのイワナだった。
うーん、未熟だな。

ハッチもなくなって沈黙の渓に戻った。
少し早いが撤収しよう。

このあたりはまだウメもチラホラ。
サクラはまだ少し先かな。







峠はまだこんな感じ。
雪代がおさまるのは4月中旬か下旬以降かな。

シーズン開幕。

今年もやってやろうという気持ちがムクムクと。
人間って打ちのめされたら、克服してやろうという気持ちが芽生えるんですね。

ヘーゲル的に言うと弁証法的な発展。
それが性ならば素直に従おう。
煩悩との葛藤だ。

やっぱりフライはいいな。

雨の解禁日

3月1日。渓流釣の解禁日。
一日中シトシトと、そして時には激しくよく降った。

天気が良ければ、遊魚証を購入しがてらホームリバーにでもと思ったが、
こんなに降ったらなぁ。

ということでリールの手入れ。
メインで使っているリール4台。



左手前から
テトン3、トラッタAM-1、オービスCFO123、ハウスオブハーディーフェザーウェイト





他にも5台くらい所有している。

ただ糸を巻くだけのものなのに、
なんでこんなの何台も買ってお金を遣うの?

と思われるかもしれない。
でも、仕方ない。
気が付いたら増えている。

そして暇なときにはヤフオクをフライリールで検索している自分がいてふと我に帰る。




スカスカになったフライボックス。
もうちょっと巻いとかないと…

何も現場で釣りしている時だけじゃない。
そうこうしているこの時間からフライフィッシングは始まっているのだ。